悪魔のZ

〜プロローグ〜




あれから何年経ったのだろう。8年か、いや10年か…。


当時、二十歳の学生だった私に友人が突然こう言った。


「オレ、フェアレディZ買うねん」


正直ブッ飛んだ。特に家庭が裕福なわけでは無い。
グレードは最低レベルに近い”NA・MT・2シーター”それでも300万は超える。
親の援助は無し。学生が手の届くレベルではない。それでもほしいのだと言う。
数ヶ月が経ち、そんな”夢物語”も忘れて平凡な毎日を過ごしていたある日、彼から電話がきた。

「今からそっちに向かう」

家から少し離れた待ち合わせ場所に向かった。すでに到着していた彼の存在はすぐに分かった。
いや、私は初めから彼は見ていなかっただろう。別のものに心を奪われていた。
そう、淡く輝く黄色いフェアレディーZに。


彼はこう話した。

学校にほとんど行かず、1日の睡眠は平均4時間。これを3ヶ月続けて頭金を作った。
そんな話しはどうでもよかった。私は初めて見る現物のZ32しか目に入らない。
外見はほぼノーマル。唯一インパルの車外ウイングが付いていた。
当時、この門型ウイング装着している、いや装着出来る車など他には無かった。
運転席に座らせてもらい、ステアリングを握る。感動に震えた。衝撃的だった。
言葉では言い表せないものがこみ上げた感覚は今でも覚えている。
車を持たない私は週に何度も彼を呼んだ。正直、彼を呼んだわけではない。


フェアレディーZを呼んでいた。会いたかったのだ。


そんな彼のZも終焉を迎えた。スピードの出し過ぎによる事故だ。
本人は奇跡的にも無事だったが、車は終わりを告げた。なぜか私がガッカリした。
事故を起こした彼に対してか、それともZに会えなくなった悲しみからか…。


それから数年後、Zの事も忘れ会社の四駆を乗り回し、四駆雑誌に目を通す日々を過ごす。
気が付くと私も28才になっていた。
まわりの友人も結婚ラッシュに入り、世間に流されながら、例外なく彼女との結婚資金を貯めて行く日々。

「このまま時代に流されて何が悪い?」

普段は屁理屈ばかりの自分に自問自答を繰り返す。


気が付くと200万が貯まった。
使うのは簡単で、貯めるのは大変な事など小さい頃から身をもって知っている。
と、同時に”今しか出来ない事”ってやつがその時、その瞬間にある事も知っている。

中古車雑誌を何気なく買ってみた。この時点で結果は決まっていたのかもしれない。
翌週も翌々週も雑誌を買う。雑誌を見て諦めればそれでよかった。
今はほしいと思う気持ちが強いが、そのうち熱も冷めるだろう…と思う自分がいた。

3ヶ月が経った。

貯金を管理してもらっている母親、そして彼女。思い切って話しをしてみた。
中ば強引だったかもしれない。屁理屈もさんざん言った事だろう。

意外とあっさり了承を得た。
実を言うと、この時点の私の気持ちは了承を得たにも関わらず、逆に揺れていた。
本当にこれでいいんだろうか?間違っているんじゃないか?、と。
実車を見て、初めて見た時のアノ感動が無ければやめようと。

結局、車なんて動けばいいんだよ、と思える”大人”になっているかもしれない。
やっぱ車はトヨタだね!なんておりこうさんなセリフを言うかもしれない。

中古車屋を何件かまわった。決めていた事は”NA・MT・2+2”
色は、黄色、赤、銀だったが、赤は彼女がイヤとの事で除外。
日産直営の中古車屋で黄色を見つけた。ディーラー物なんで安心感がある。
ところが、一番前に展示しているにも関わらず、サイドミラーが付いて無い。
コレは?と訪ねると、後から付けますとの返事。この姿勢に嫌気がさした。
後はどこを見にいってもまともなのが無い。タマ数も少ない。

そんな毎週のある日、雑誌で1台のZを見つける。
狙いのグレード、色は銀、値段は車体105万。
場所は高石だった。会社の帰りにさほど期待せずに寄ってみた。
店はお世辞にも大きいとは言えない。十数台程度を置けるだけの店だった。
ただ、看板には”フェアレディー専門”の文字が。期待が膨らむ。
中に入るとZ専門の看板とは裏腹に、Z32が5台、Z30が1台。
後は、やさしそうなおじさんが2人だけ。期待も縮む。
とりあえず狙いの車を見せてもらった。

驚いた。

ピカピカの車体。清掃の行き届いた車内。磨き込まれたエンジンルーム。
某ディーラーとは違い、とても丁寧な仕事をしている事は素人の私にも分かった。

きれいなだけ? いや、違う!

ただの鉄の塊ではなく、今にも動き出しそうな雰囲気が私の心を動かす。
本当にZが好きな人が手入れをしたに違いない。確かに大げさかもしれない。
だが、最後に見たこのZが忘れていたアノ思いを蘇らせてくれた。

「コイツを動かしたい。俺が乗りたい。」

じっと眺める私の心を悟ったかのように、おじさんが声をかける。

「ハイ、これキー。エンジンかけていいよ。」

止まらない。止められない。
キーを差し込みACCまでひねる。





今の時代では古さを隠しきれないメーター。
警告ランプが一斉に点灯する。
一気には回さない。ためらい?とまどい?

ブィーーン。

燃料ポンプの作動音。
まるで血液が循環しているかの錯覚に囚われる。


準備はいいか?


キュルキュル、、、ブォーーン、ブォォーーーーン!




低く野太い雄叫びと共に火が入り、目覚めた。
眠りを邪魔され、怒り狂ったかのように赤い針が1800rpmを指す。
感動に私の体は小刻みに震え、顔はニヤける。精神異常を起こしたかの様に。
いや、起こしていただろう。少なくとも平常心ではなかったはずだ。

軽くアクセルを3000rpmまで煽ってみる。
もっと、もっとだ! といわんばかりに赤い針がハネ上がる。
欲望にまかせ、どこまでも踏んでしまいそうな自分が見え隠れした。
慌ててキーを抜き、店長に返した。私にはそれだけで十分だった。

その日は喉から出そうになった言葉を飲み込み、帰る事にした。

次の日、もう一度仕事帰りにその店に足を運んだのは
見たくなって会いに行った訳ではない。

「いやっしゃい。」

「コレ下さい。」

この日、2言で十分だった。







1週間後、Zは私の元にやってきた。

後に「悪魔のZ」と呼ばれる事になるとは知らずに…。












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