悪魔のZ

〜悲しみの湾岸線〜





その日「も」雨だった。

仕事の打ち合わせが夕方から北区であり、終わったのは日付が変わったぐらいだろうか。

「ふぅ〜、今日も疲れたな…いったい今何時なんだ。」

私は普段から時計を付けないのがポリシー。何故って?
時に追われ過ごす人生なんて……だろ?

時間が知りたければ今時は何処にで付いている。
愛車Zのキーを捻る。今日はコイツに聞いて見よう。

車内のイルミネーションが光り、俺の質問に答えてくれる。

”19:30”

おいおい、チョット待てよZ。いくらなんでもそんな時間なハズはないぜ。
一度エンジンを切り、再度キーを捻る。

”6:10”

ふっ。お前までもが時に追われるのがイヤになった壊れたか。

”持ち主に似る”とはよく言ったものだ。

OKベイビー、家に着くまで俺たちの”時”を刻もうか。



阪神高速12号守口線南森町ランプ入り口。ここからアタックを仕掛ける事が多い。
チケットを渡し本線に合流。いつもは混んでいるココも、この時間はスムーズだ。
100勸潰ほどで1号環状線に合流。
環状もスムーズだ。俺とZにとっての”障害物”もこの時間は少ない。
ふと免許取り立ての頃を思い出す。

湾岸線に入ろうと右に右に寄っていき、気が付けば本町出口で降りていた。
高速に乗って、約20秒で出口。人生の中で最ももったいない700円だった苦い思い出。



「さぁZ、今日はどうする?」


早く家に帰りたいならこのまま環状を南下して15号堺線。だが2車線で”面白味”のない路線だ。
S字コーナー・3車線の長いストレート、”踏みたい”なら当然湾岸線へ向かう。

分岐点にさしかかった。
降り続く雨は気になる所だが、俺は右の指示器を出す。
それに追従するかのようにZも右へ。乗り手と車が一体化した瞬間を味わう。

「そうか、お前もかい(ニヤリ)」

アクセルを踏み込み、リアのトラクションを確かめつつ上りの右カーブを駆け上がって行く。
13号東大阪線を西に抜け阿波座を越える。まずは16号大阪港線。
九条出口を過ぎたら僅かながら全開区間。ギアを4速へ叩き込む。

「ブオン!ズズッ、ブオォーーーーン!」

雨で若干リヤがスライドしつつ、瞬く間に後続の車を光りの点にし、私とZだけの時が始まる。
軽くアクセルオフで左、続いて緩やかなバンクのついた右。テクニカル区間に入った。
右手に朝潮橋PAが見える。濡れたフロントガラス越しに見えるネオンが美しい。

おっと、見とれてはいられない。すかさず左。そして右左のS字。
S字の区間は天保山の観覧車が正面に見える。

女の子と2人なら軽く流しつつ、おしゃべりを楽しみたい所だ。
しかし、今日はZと過ごす事に決めている。

「すまない。今日はおあずけだな」

この観覧車のネオン、色で翌日の天気予報になっている。

「緑色か…明日は晴れらしいぜ、Zよ、、、フフッ」

車に話しかける自分に微笑しながらS字を抜け、大きな右カーブ。

「さぁ、本番だぜ。」

ここからが4号湾岸線となる。

このカーブの後は直線のキツイ上りの橋だ。ココは下手なテクニックなどいらない。
車のスペックが要求される。”並”のスポーツカーなら失速するだろう。

「FFの出る幕じゃねぇぜ」

Zがそう言っているかのように、リアを蹴飛ばし駆け上がっていく。
唸るエンジン音、跳ね上がるスピードメーター。
重力を無視した加速に、背中がシートにめり込む。

右手には南港のWTC及びATC、左には市内の明かり。
橋の頂上から見える夜景が、まるで俺とZを祝福しているかのようだ。

しかし、まだ始まったばかりだ。気を抜く訳にはいかない。逆にここからは長いダウンヒル。
先ほどまでとは裏腹に、ここからは車のスペックなど役に立たない。
恐怖という名のリミッターを何処まで解除できるかが問われる。
もちろんそんな文字などZの辞書には載ってない。

1.5tを越える車体が重力という名の加速装置と共に下っていく。

130…140…

軽くテールランプを光らせ緩やかな左。
クリア後、直線を挟んでバンクのある右コーナー。ここも踏んで行く。
すかさず左コーナーと共に右から合流。いや、こちらが右へ合流と言ったほうがいいだろう。
俺に言わせれば、さっきまでのはお遊びに過ぎない。ここからが真の”湾岸線”と呼べる。

車線は3つ。右2本はクリアだ。ワイパーの速度を1つ上げる。
まるでそれがスタート合図かのように、Zはさらに加速をしていく。

150…160…

先には左右の大きめのS字。

左カーブ手前でブレーキング。4速に落としクリア。
普段は緩やかで大きなS字も鈴鹿のS字並に感じる。

「コレが恐…怖…なのか…。」

右を抜けたら再び3車線の直線だ。

「俺とZはそんな物は認めないぜ!」

心の隙間に入り込んだ”恐怖”を追い出すかの様に加速する。
ここが湾岸線最後の3車線。ここで踏まずしてどこで踏む。
大和川手前で緩やかな右。スピードメーターはすでに数字の刻まれていない所を指している。
この川を渡りきれば3車線が2車線に減少する。踏み切ってフィニッシュだ。

と、その時カローラのバンが右車線へ車線変更してきた。

「チッ、どけよ!この障害物」

例えると、まるでフルコース料理で最後のデザートを邪魔された気分だ。

わかる? わかるだろ??


フルブレーキングとシフトダウンでテールに張り付き、軽くパッシングを3回。

「ど・け・よ!」

5回なら「あ・い・し・て・る」だ。…すなまい、特に意味はない。


慌ててバンが左車線に入るも、目の前は350Rほどの右カーブ。
いつもならココから降り口まで2kmの道のりはクールダウン区間に入るのだが…。

”食事”を邪魔された苛立ちからか、Zは踏め!と言っている。

「俺も同じ気持ちだぜっ!」

コーナー進入と同時にアクセルON。車は若干の加速中が最も安定していると言われる。
コーナリング中にブレーキなんて素人のする事だ。

今さらながら、思い起こせばこの時、俺とZは冷静さを失っていた。

キーワードは「雨と路面状況」

雨だけならば、大した事はない。F225・R255のタイヤが路面に噛みつく。

決して忘れていた訳じゃないが…思い出せなかった高速道路の繋ぎ目が牙をむく。

”雨に濡れたわずか20cmの鉄板”

高速コーナリング中のコイツは、タイヤの太さなど無効にしてしまう。

フロントタイヤは無事通過し、残るリヤが鉄板の上に乗った瞬間、

”ズルッ”

「チッ、しまったぁぁぁぁーーー!!」

リヤが外へ逃げて行くと同時に右側壁のコンクリートが冷たい目で俺を呼ぶ。

コーナリング中だ、ブレーキなど踏めない。

アクセルオフでステアリングを左へ。

「カ、カウンターーー!」

ダメだ、すぐにはグリップも回復しない。右を向いた車が左へ飛んで行く。

まだか、まだか、まだか…


「キタ━━━━(欲)━━━━!!!」


グリップが回復し、左に向いた車が今度はそのまま左へ飛ぶ。

左側壁さんコンニチワ。


「も、もういっちょカウンターーー!」


挨拶もほどほどにし、回復と同時にステアリングを右に切り返す。

今度は猛スピードで右側壁が目の前に。右へ左へステアリングを回してる内に、

ドライバー本人もタイヤが今どっちを向いているのか把握できてない。

いわゆる「おつりをもらう」ってやつだ。



「ちょっと右に切りすぎたかなぁ〜〜ムフッ!」



なんて思ったと同時に車が急速に右に回転。
フロントガラスのスクリーンに回りの景色を360°映し出す。

2回ほどガラス越しの”上映会”も終わりを告げ、「THE・END」の垂れ幕代わりに

コンクリートの側壁がフロントガラスに映し出される。




”グシャッ”




フロントから衝突し、目の前には花火の様に破片が飛び散る。




「あぁ…キレイだよ…Z」




しかし、”上映会”はまだ終わらない。さぁ、アンコールの始まりだ。
サヨウナラ〜と側壁に別れを告げた車体はまだ回り続ける。

1回、2回…

ようやく回転もスローになった時にはコーナー出口にさしかかっていた。
緩やかな回転で車体が正面を向く。エンジンは?…ヨシ、生きている!


「今だ!アクセルオ━━━━ン!!」



そこで踏むんかい!!!(ツッコミ)



マフラーからの爆音をかき消すかのようにフロント回りからは異音が。


ギゴガギバゴギガギギー


いける! いけ…る? ……大丈夫かオイ??

それでも湾岸線を走り続ける。





俺とZは止められない。


( つづく )














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